7.08.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(22) CHAPTER 6 [P240〜P242]

<P240>
カンジンスキー:ワシリー・カンジンスキー(1866〜1944)。ロシア出身の画家。抽象絵画の祖とされる。ソビエト共産党、ナチスドイツと、政治に翻弄される非業の人生を送った。

モネ:クロード・モネ(1840〜1926)。フランス印象派を代表する画家。光を巧みに操り「光の画家」と呼ばれた。

マックス・エルンスト:ドイツの画家兼彫刻家(1891〜1976)。ダダイズム、シュールレアリズムの旗手として知られ、しばしば鳥をモチーフに用いた。

ツァイス:1846年にドイツのイエナで創業した光学機器メーカー。カメラや顕微鏡で有名。

マイブリッジ:エドワード・マイブリッジ(1830〜1904)。イギリス出身の写真家。後にアメリカに移住し、連続撮影の技法を発明した。彼の連続写真が発展する形で生まれたのが”映画”である。

ホルス神:エジプト神話の天空の神。隼の頭部を持つ人物の姿で描かれることが多い。

<P241>
ある友人の見舞い:ある友人とは、初代ナイトオウルことホリス・メイソン、入院中の知人とは、モスマンことバイロン・ルイスのことだろう。

V2ミサイル:第二次大戦末期にナチスドイツが実用化した世界初の弾道ミサイル。イギリス、ベルギーを中心に3000発以上が発射されたが、当時の技術では迎撃は不可能であり、高空より超音速で飛来するV2が人々に与える心理的脅威は、実際の被害をはるかに上回っていた。戦後、V2の技術者は米ソに連行され、各々の国のロケット技術発展に寄与した。

<P242>
T.A.カワード:トーマス・アルフレッド・カワード(1867〜1933)。戦前に活躍したイギリスの鳥類学者。

ハドソン:ウィリアム・ヘンリー・ハドソン(1841〜1922)。イギリスの鳥類学者。鳥類に関する多くの著作でも知られる。

パラス・アテネ:ギリシャ神話の女神。知恵を象徴する聖なる鳥フクロウを従えている。

7.05.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(21) CHAPTER 6 [P226〜P238]

<P226>
その言葉とは裏腹に、ドライバーグはトワイライト・レディとただならぬ仲にあった模様。

<P227>
PANEL1
ドライバーグはわずか1時間ほどで目を覚ましてしまった。

<P228>
PANEL3
窓に映った月がピースマークを描いている。

PANEL7
ドライバーグの復帰を歓迎するかのように、コスチュームのゴーグルが煌いている。

<P231>
PANEL4
コントローラーに表示された”ACL”とは、ボタンを押した次のコマでライトが点灯していることから、AC(交流)Lightの略だと思われる。

<P232>
PANEL1
操縦桿を右側のコクピットから左側に付け替えている。車と同じで左運転がデフォルトなのか。

PANEL7
二人が出てきたビルに描かれた「ヒロシマの恋人たち」は、他より積極的。

<P233>
PANEL1
アストロドーム:劇中世界のニューヨーク名物であるジオシック・ドームの一つで、ひときわ巨大。
実際のアストロドームは、テキサス州ヒューストンをフランチャイズとするヒューストン・アストロズのホームグランドで、世界初のドーム球場として知られている。劇中世界のアストロズは、ニューヨークを本拠地にしているのだろうか。

PANEL2
コンソールのレーダーに、二人の姿が映り込んでいる。

<P234>
PANEL4
ドライバーグは、ローリーの姿に見とれてボタンを押すのを忘れていた。

<P235>
PANEL1
通路の先端が窓枠を掴んで機体を固定させている。また、伸びると同時に手すりが起き上がる仕組みになっている。

PANEL4
スモーキー・ザ・ベア:アメリカの森林火災予防運動組合が1944年に採用した山火事防止キャンペーンのマスコット。森林消防隊の扮装をした熊で、今なお広く親しまれている。
スモーキー・ザ・ベア


PANEL7
ドライバーグがBGMに流したのは、1933年のヒット曲 『ユー・アー・マイ・スリル』。

背景にヴェイト社のビルが見える。位置関係からすると、社長室から見えていたのはアストロドームらしい(P24 PANEL4参照)。

<P236>
PANEL1
ほっとしたのか、緑のシャツを着た黒人女性が手巻きタバコで一服しようとしている。

PANEL5
大人たちが呆然とする中、少年だけが、去り行くヒーローに応えている。

PANEL7
ビリー・ホリディの〜:この曲が発表されたのは1933年だが、ホリディがカバーしたのは1950年。

<P237>
PANEL9
ナイトオウルの完全復活に、再びゴーグルが煌いている。

<P238>
PANEL1
ソケットに挿さずに立てかけてある操縦桿に注目。その時間さえもどかしかったのか。

床にパイプタバコが転がっている。

PANEL9
月とアーチー、雲、火事の煙がピースマークを形作っている。

PANEL10
ヨブ記:旧約聖書の一部で、敬謙な信徒ヨブの受難の物語。引用された一節は、サタンによって皮膚病に侵され、周囲の人々にそしられ、神への祈りも届かない、現在の惨めな己の身の上を嘆くヨブの言葉。だが、それでもなお彼は神を信じ続け、信仰のあり方を示す。

<P239>
アメリカ鳥類学協会:1883年に設立された、アメリカ最古にして最大の鳥類学者連合組織。会員数は約4000名。

7.02.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(20) CHAPTER 6 [P210〜P225]

<P210>
ローリーの指の跡とゴーグルに映ったアーチーの機首が、ピースマークと破滅時計の双方を形作っている。

<P211>
PANEL7

ローリーはゴーグルと同じ位置に触れている。光が灯ったことで、コスチュームとアーチーに再び命が宿ったかのように見える。

<P213>
PANEL7

画面右端のケースの中のナイトオウルの像に注目。先輩のホリス・メイソン同様、引退の際に贈られたものか。

<P215>
PANEL3

記念品のケースの上には、フクロウの剥製らしきものが飾られている。かつてのペットか。

PANEL7
ハーバード:1636年に創立されたアメリカ最古の大学(私立)。ボストン郊外のケンブリッジ市に位置し、世界でも有数の名門校として知られる。

<P216>
PANEL1

77年には〜:反ヒーロー暴動の夜のことか(P56参照)。血は争えないらしい。

PANEL5
シートは、床の溝に沿って動く仕組みになっている(P218 PANEL4の三面図を参照)。

PANEL6
G.I.ジョー:1964年にハズブロ社が発売した世界初のアクションフィギュア。59年にライバルのマテル社が発売した女児向け着せ替え人形「バービー」の成功を受けて企画されたとされ、第二次大戦時の米軍をテーマに、ベトナム戦争開始当時の”戦記ブーム"に乗って大ヒットを記録した。21箇所が可動する約30cmのフィギュアを中心に、フィギュアに装備できる機関銃や迷彩服など、様々なアクセサリーを販売。トランスフォーマーと並ぶハズブロ社の主力商品として、形を変えながら今なお展開されている。ちなみにG.I.ジョーとは、第二次大戦時のアメリカ兵の俗称で、G.I.は、Government Issue(官給品)の略。
ところで、G.I.ジョーが女の子向けの玩具でないのは言うまでもないが、ローリーは1949年生まれなので、発売時は既に15歳だったことに…。

オレンジのユニフォームには放射能標識が描かれており、放射能防御機能があるものと思われる。なお、これらの特殊コスチュームは、極地用の白いバットスーツなど、様々な用途のコスチュームが登場する1950年11月発売の『ディテクティブコミックス』#165「バットマンの奇妙なコスチューム」が元ネタだろう。
『ディテクティブコミックス』#165の表紙。


<P217>
PANEL5

『王様の剣』 :1963年公開のディズニー長編アニメ映画。6世紀のブリテンに君臨した伝説の王アーサーの若き日の冒険を描いている。T・H・ホワイトが39年に発表した児童小説『永遠の王』の第一部を映画化したもので、みなしごの少年ワートが魔術師マーリンに見初められ、岩に刺さった剣を引き抜き、王の証を立てるまでを描いている。

アルキメデス:マーリンが飼っている喋るフクロウ。原作小説にも登場する。

魔術師マーリン:アーサーの助言者である魔術師。ワート少年の王たる資質を認め、彼に英才教育を施す。

PANEL8
本作では使用されなかったが、現役時代のナイトオウルは、バットマンばりにスーパーカーや小型ヘリを駆使していたらしい。

<P218>
PANEL4

円卓騎士団:アーサー王に仕えた騎士たちの呼び名。君主と臣下という身分の区別を嫌ったアーサー王は、配下の騎士たちを上座下座のない円卓に着かせた。いつしか円卓は、アーサー王の宮殿キャメロットの象徴となり、騎士たちは円卓の騎士と呼ばれるようになったのである。

三面図の内部図解によれば、エンジンスペースは非常に小さく、キャビンの後ろに2台のホバーバイクが収納してあるのがわかる。

<P219>
PANEL1

コートのボタンは全部ついていた:ロールシャッハは、ブレア・ロッシェ誘拐事件の際にコートのボタンとショルダーストラップが外れて以来、修繕せずにずっとそのままにしていた。コートは事件の際に着ていたもの以外にも、少なくとも1着は替えがあったようだが、そちらも同じ位置のボタンと肩ベルトが取れたままになっていた。取れた姿こそが”真”のロールシャッハだと考え、自ら千切ったとも考えられる(P12 PANEL1P200 PANEL4P318 PANEL2参照)。

PANEL9
ゴーグルには時刻表示機能もある。

<P220>
PANEL1

ニュートリノ:物質を構成する最小単位、素粒子の一種。1930年代にその存在が提唱されたものの、質量がゼロに等しく観測が極めて困難なため、今なお未解決の事象が多い。

PANEL2
ディーボ:1974年にオハイオ州で結成されたテクノ・バンド。1978年のアルバム 『頽廃的美学論』で、世界中にテクノ・ニューウェイブムーブメントを巻き起こした。なお、ディーボ(DEVO)とは、De-Evolution(退化)の略称で、彼らのテーマである「人間退化論」を象徴している。
エナジードームと呼ばれる奇妙な帽子や、ゴーグル、黄色のジャンプスーツなど、アート色の強い衣装が特徴。いかにもパンクなペイル・ホースとは、少なくとも見た目的には似ていないように思えるが…。
ディーボ


PANEL3
ビリー・ホリディ:実在の黒人女性ジャズ・シンガー(1915〜1959)。史上最高のシンガーと評されるが、その生涯は、貧困、人種差別、薬物有毒など、波乱の連続であった。1945年生まれのドライバーグにしては渋い趣味。普通ならこの世代はロックだろう。

<P221>
PANEL3

悪魔のように〜:ポーランドでは、挽いたコーヒー豆を厚手のグラスに入れ、お湯と砂糖を加え、豆がらが底に沈むのを待って飲むのが一般的だという。

PANEL6
テレビの上のフクロウの置物に注目。初代ナイトオウルから贈られたものか(P15 PANEL4参照)。

<P222>
PANEL3

ニュースの内容から、本章は10月25日から26日にかけての出来事だとわかる。

PANEL7
ニュース映像の戦車は、当時のソビエト軍の主力中戦車T-62か。
(画像はAce製プラモデル・パッケージ絵)


PANEL8
ヒロシマ特集:DR.マンハッタンが読んだ号と同じものだろう(P132 PANEL6参照)。

PANEL9
グリーナム・コモン基地:イングランド南東部バークシャー、グリーナム・コモンには米空軍の基地が置かれ、対ソ戦略の一翼を担っていたが、1982年、レーガン政権の陸上発射巡航ミサイル配備決定に際し、女性平和活動家を中心とする3万人が「人間の鎖」で抵抗、ミサイルの搬入を阻止した。反戦運動はその後も続き、2000年、ついに米軍基地は撤去された。イギリスの反戦運動の象徴であるグリーナムだが、劇中ではあえなく鎮圧されてしまった模様。

画面奥の電気パトカーに注目。

<P223>
PANEL1

マンハッタン・トランスファー:1972年に結成された男女各2名による人気コーラスグループ。DR.マンハッタンによる”トランスファー=転送”の駄洒落。

PANEL4
例のニューススタンドの角を曲がったところが高次空間研究所の入口。画面左端にバーナードとバーニィの姿がちらりと見えている。

<P224>
PANEL2

チャリティ公演P23 PANEL6参照。

PANEL4
机の上に置かれたノヴァ・エクスプレスの表紙のDR.マンハッタンが二人の様子を覗いている。

<P225>
PANEL3-4

時計を見ると、ドライバーグは実に4時間以上もがんばったようだが…。

人気バンド、ペイル・ホースのリーダー、レッド・デスが初登場。この二人が実況と解説とは、どんな番組だろうか。

PANEL2
時計によれば、放送終了は午前2時。

6.29.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(19) CHAPTER 6 [P205〜P207]

<P205>
PANEL3
新聞には、サイレンが鳴ったら直ちに手近なシェルターに避難せよと書かれている。50年代の対処法とまるで変わっていない。

PANEL9
章末の言葉は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844〜1900)が1886年に著した『善悪の彼岸』よりの一節。キリスト教的価値観に基づく伝統的な善悪の概念を非難した。他者に依ることのない確たる自我の持ち主である新しい人類、「超人」の提唱者でもある。

<P205>
ショー巡査P168 PANEL4参照。

グリーブス巡査P169 PANEL4参照。

ハーベイ・チャールズ・ファーニスP131 PANEL6参照。

懐中電灯P12 PANEL2参照。

角砂糖の包みP17 PANEL6参照。

枯れた赤い薔薇P68 PANEL6参照。

鉛筆1本、手帳1冊P20 PANEL1参照。

男性用香水ノスタルジアP98 PANEL8参照。

黒胡椒P167 ANEL3参照。ただし2瓶とあるので、モーロックの家で入手する以前から、1瓶持っていたものと思われる。

<P206>
リリアン・チャールトン問題児収容所:架空の施設と思われる。『ウォッチメン』のキャラクターの基になった一連のコミックスの出版元であるチャールトンコミックスに由来するものか。

<P207>
70年代中頃まで勤務:75年のブレア・ロッシュ誘拐事件を機に、”真"のロールシャッハとして目覚めた彼は、俗社会との交わりを絶ったと推察される。

<P208>
筆記の日付が1963年となっているが、コバックスが13歳の時に書いたものであるとすると、1953年のはず。

6.23.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(18) CHAPTER 6 [P190〜P203]

<P190>
PANEL1

昨日の続き〜:この日は10月27日。この日は日曜であるにもかかわらず、ロングはロールシャッハに面接している。彼のロールシャッハに対するのめり込みぶりがわかる。

PANEL4
奥の壁に貼ってあるポスターは、ビートルズのものか? ビートルズは1964年2月にニューヨークで公演を行っている。

PANEL5
悪党たちが縛りつけられているのは、おなじみの公衆充電器。恐らく1964年の出来事かと思われるが、62年5月の時点で電気自動車はあくまでも構想段階だったので(P123参照)、わずか1年ほどで急速に普及したものと思われる。

PANEL8
ナイトオウルの引き締まった腹に注目。

<P191>
PANEL1

ロールシャッハとロングの間には、二人の断絶を象徴するかのような鉄格子の影が落ちていたが、このコマを最後にその影はなくなる。このページのロールシャッハのコマだけを見ると、彼がこちらに(ロングに)近づいてきているようにも見える。

PANEL4
P51 PANEL4を別角度から描いている。事態の深刻さにおののく男性陣に比べ、ローリーとスレイターはDR.マンハッタンしか目に入っていない。本作における女性像が顕著に表れたシーンと言えよう。

PANEL6
新聞の見出しなどから、このシーンは1977年8月の出来事だと思われる。

<P192>
PANEL6

ロングが空になった鎮痛剤のビンをゴミ箱に捨てている。

PANEL7
時計はやはり11時54分。

<P193>
PANEL1

ロッシュ化学: 1896年にスイスで設立された実在の大手製薬会社。日本ではロシュとして知られる。世界的な販売網を誇り、アメリカではニュージャージーなど、6ヶ所に拠点を持つ。

PANEL8
時計はやはり11時54分を指している。

<P194>
PANEL1

P58 PANEL3でコメディアンが触れていた事件。彼は3年前の事件と記憶していたが、実際には2年前である。

PANEL5
忌まわしい光景を覗き見るロールシャッハの姿は、幼少期の自身の姿に重なる(P179 PANEL6参照)。

<P198>
PANEL1

フレッド、バーニィ:1960年に放映が開始された人気アニメ『恐妻天国/原始家族/フリントストーン』の主人公、フレッド・フリントストーンと彼の親友のバーニィ・ラブルにちなんだ名前だと思われる。無邪気な由来が余計に不気味。

PANEL9
ちょっとわかりにくいが、このグライスの姿は窓ガラスに映った影。

<P199>
PANEL1

中庭から室内に向けて犬を放り込んでいる。

PANEL5
今度は表の入口から中に向けて放り込んでいる。20kg以上ありそうなシェパードを抱えて中庭から表通りに瞬時に移動するとは、ただ者ではない。

<P200>
PANEL4

胸に広がる返り血と、外れたショルダーストラップ、胸のボタンは、”真"のロールシャッハの象徴でもあるが、返り血と肩のストラップが描く角度は、11時54分を指した終末時計に通じるものがある。

<P203>
PANEL1

ロレックス:実在の高級腕時計。この屋台で売られているのは間違いなく偽物だろう。
画面左奥のタクシーの運転手はジョーイ。

PANEL3
メルトダウンの包みを捨てたバーニィ少年が立ち去ろうとしている。

PANEL4
真逆のシルエットになってしまった。

PANEL9
画面奥を飛ぶ飛行船の位置で、微妙な間を表現している。

6.21.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(17) CHAPTER 6 [P176〜P189]

またまた大変お待たせしております。投稿再開します!
時々滞ることもございますが、最後まで続けていきますのでどうぞおつきあいください。

<P176>
ロールシャッハのオリジンを描いた本章では、この扉絵のように左右対称に拘った構図、描写が頻出する。

<P177>
PANEL4
ロールシャッハ・テスト:スイス出身の精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(1884〜1922)が1921年に考案した投影法型心理テスト。左右対称のインクの染みを図案化した10枚のカードを1枚ずつ被験者に見せ、それが何に見えるか、口頭で答えさせ、被験者の性格を診断する。80年以上の長い実績に裏打ちされたデータの蓄積は高く評価されており、今なお、最も使用頻度の高いテスト法とされる。なお、劇中に登場するカードの図柄は本作のオリジナルで、実際に使用されるカードにはカラーのものも含まれている。
さまざまなロールシャッハ・カード


<P178>
PANEL3
身長167cm:80年代当時のアメリカ人の平均身長は175〜177cmとされるので、ロールシャッハは小柄な部類に入る。上げ底の靴を履いていたというが、もちろん見栄ではなく、正体を隠し、相手を威圧するためだと思われる。なお、64kgという体重は身長に対してほんの少し多めだが、贅肉の欠片も見えないので、体重超過分はほぼ筋肉なのだろう。

<P179>
PANEL2
抱き合う二人の姿は、後の「ヒロシマの恋人たち」に重なる。このモチーフは、この後も頻繁に登場する。

<P180>
PANEL1
5ドル:インフレ率などを考慮すると、1951年当時の1ドルは、2009年現在の約8ドルに相当するという。そうやって換算すると、コバックスの母は約40ドルを手に入れた事になる。仕事ヌキで40ドルなら悪くない気もするが、あの客はもう来ないだろう事を考えると、息子を責めたくなる気持ちもわからないではない。

PANEL8
前ページの2コマ目とほぼ同じ構図だが、描かれる内容は…。

<P182>
PANEL7
尻のポケットにパチンコを差したいじめっ子が店先から果物を失敬している。一見、卵のようにも見えるが、木箱に山積みにされている点や、割れ方、中身の色から、何かの果物だと思われる。

<P183>
PANEL1
コバックス少年の顔に広がる果物の汁は、ロールシャッハ・テストを思わせる。このモチーフも頻出する。

PANEL2
親父が軍に〜:入隊の際の性病検査は、洋の東西を問わず、軍隊の常識だった。

リッチーと呼ばれたいじめっ子は、ニューヨーク・ヤンキースのTシャツを着ている。1951年当時のニューヨークには、ヤンキースの他に、ブルックリン・ドジャーズ(後にロサンゼルスへ移転)、ニューヨーク・ジャイアンツ(後にサンフランシスコに移転)と、三つの球団がひしめいており、その中でヤンキースのシャツを着ているということは、彼らはヤンキースの本拠地であるブロンクス地区の住人である可能性が高い。ブロンクスは移民の多い街として知られており、60年代以降、アフリカ系、ヒスパニック系住人が増える以前は、アイルランド、イタリア、ユダヤ系が大半を占めていたという。

<P184>
PANEL5
ロング夫妻の影は「ヒロシマの恋人たち」そのもの。

PANEL8
シンシン刑務所:ニューヨーク州北部のオシニングに位置する実在の刑務所。最高度の警備レベルで知られる。

卓上のコーヒーカップに、DAD(パパ)の文字が見えるが、夫妻には子供はいないようだ。

PANEL9
万年筆から漏れたインクがロールシャッハ模様を描いている。

<P164>
PANEL1
“素人"時代のコバックスは、実に表情豊か。

PANEL2
62年:DR.マンハッタンの誕生は59年11月なので、約2年後。モーロックら犯罪者と戦っていた時期だが、このような、直接、産業には結びつかない研究も行っていた模様。

PANEL5
ロングが愛用している鎮痛剤ゴーペインは、ヴェイト社の製品。

PANEL6
キティ・ジェノヴィーズ:この殺害事件は、実際に起きた事件である。
1964年3月13日、スポーツバーのマネージャーだった当時28歳のキティ・ジェノヴィーズは、深夜、マンションに帰宅したところを機械オペレーターのウィンストン・モーズリーに襲われた。入口から約30メートルの地点でキティをナイフで刺したモーズリーは、彼女の悲鳴を聞きつけた住人が声をかけたため、一旦は逃走。大きな帽子で顔を隠したモーズリーは約10分後に現場に再び現われ、倒れていたキティを再び刺し、強姦した上、現金を盗んで30分後に逃走。事態に気づいた住人が警察を呼んだものの、彼女は搬送中に死亡した。後に盗みを働き逮捕されたモーズリーは、キティ殺害以外にも2件の強姦殺人を自供。終身刑を宣告され、現在も服役中である。
事件発生から2週間後、地元紙ニューヨーク・タイムスが、38人の住人が事件を目撃しながら通報しなかったと告発したことから、事件は一気に社会問題化し、他人に冷淡な都会生活者への非難が続出。「巻き込まれたくない」「誰かが何とかするだろう」という群集心理を指して「バイスタンダード・エフェクト(冷淡な傍観者)」という言葉が使われるようになった。
実際には、まだ寒い時期で誰も窓を開けていなかったこと、酔っぱらいか痴話喧嘩と思った人間がほとんどだったこと、二度目の襲撃までの間にキティが移動していたため事件の全てを目撃した人間はいなかったこと、最初の襲撃で肺を刺された彼女にはそれ以上悲鳴が上げられなかったことなど、住人の無関心を一方的に責めるべき状況ではなかったというが、この事件をきっかけに、警察を含めた都市生活のあり方の見直しと社会心理学の重要性が叫ばれるようになったのは事実である。
なお、当時のコミックスで、このような個人の殺人事件を取り上げることは極めて異例であり、ある意味、これもタブーへの挑戦と言えるかもしれない。

<P189>
PANEL4
垂れたコーヒーの雫がロールシャッハ模様を描いている。

PANEL5
時計はやはり11時54分。ロングに破滅が忍び寄っていることの暗示か。

5.11.2009

「ウォッチメン」原作コミック解説(16) CHAPTER 5 [P171〜P173]

<P171>
反コミックス運動:第二次大戦後、アメリカンコミックスの主流であったヒーローものの人気は低迷し、代わってホラーもの、犯罪ものが台頭してきた。これらの"刺激"が強いコミックスは、主に青年層が対象だったというが(誕生当初、コミックスは子供のための読みものだったが、大戦中、兵士が戦場でコミックスを読み耽ったことから、読者層が広がったとの説がある)、その内容は過激さを増し、一部、評論家や教育関係者から児童への悪影響が問題視されるようになっていった。そして1954年春、上院少年非行小委任会が、少年非行の原因としてコミックスを名指ししたことから、全国的な反コミックス運動が起こり、焚書や発禁措置を引き起こした。
この事態に対しコミック業界は、内容の自主規制で対応したが、作品世界においては、政府が配下のヒーローのイメージを守るため、現実同様に沸き起こったコミックス排斥運動を静めたとされている。
政府の糾弾がコミック業界を危機的状況に追い込んだ史実からするといかにも皮肉な展開だが、ムーアなりの抗議とも言えるだろう。

EC社:エンターテイニングコミックスの略。世界初のコミックブック『ファイマス・ファニーズ』を企画し、コミックスの父と言われたマックス・ゲインズ(1894〜1947)が、1944年にDCコミックスから分かれる形で興した出版社(ECという名称にはDCの次という意味もあった)。
マックスの死後、同社を受け継いだ息子ウィリアムは、1950年にホラーもの3タイトル『ヴァルト・オブ・ホラー』『テールズ・フロム・クリプト』『ホーント・オブ・フィアー』を創刊し、悪化する一方だった業績の回復を狙ったが、ヒーローものの人気低下とも相まってこれらの新タイトルは大ヒットを記録。その後も同社は犯罪もの、戦争ものなど、刺激的な作品群を連発し、一躍コミック業界にその名を轟かせた。
ホラーブームに沸いたコミック業界は、1953年にはついに年間総販売数8億部という史上空前の売上を達成するが、内容の過激さはエスカレートするばかりで、ついに政府当局の目に止まることになる。同年、心理学者フレデリック・ワーサムが発表した、コミックスの児童への悪影響を訴えた書籍 『無邪気さの誘惑(原題:SEDUCTION OF THE INNOCENT)』の主張に、赤狩りの余韻の残る世論が同調したことで、全国的な反コミックス運動が起きたのである。批判の矢面に立たされる恰好になったEC社は、1956年には発行タイトルの全廃刊を決定。ギャグ雑誌『MAD』に光明を見出していく。
一方、各出版社は共同で、暴力、性などの描写を厳しく規制するコミックス・コードを制定。自ら内容規制に乗り出すが、その後の数年で、コミックス専門出版社の29社中24社が廃業に追い込まれるなど、あまりに大きな痛手を負った(1960年時点での年間総販売数は約1億8千万部)。その後、一度は姿を消したスーパーヒーローたちが装いも新たに復活し、アメリカンコミックスの主流となっていくが、こと部数という点では、1950年前半の"黄金時代"には及ぶべくもなかった。
ECコミックスの隆盛は、結果的にコミックス全体の衰退を招いてしまったが、ジャック・デイビス、ハービー・カーツマン、ウォリー・ウッド、アル・ウィリアムソン、フランク・フラゼッタなど、多くの名アーティストを輩出した実績は今なお高く評価され、その遺産は、作家スティーブン・キング、映画監督ジョージ・A・ロメロなど、コミックス以外の分野にも広く受け継がれている。

エドガー・フーバー:(1895〜1972) 1924年から72年に死去するまで、約半世紀にわたってアメリカ連邦捜査局(FBI)長官の座にあった人物。自ら育て上げた強大な組織を意のままに操り、影の大統領とまで評された。

ナショナルコミックス:『ウォッチメン』の発売元であるDCコミックスが、当時、使用していた社名。DCコミックスの"DC"とは、同社で最も古いタイトルである『ディテクティブコミックス(DETECTIVE COMICS)』の頭文字で、長く愛称として使われてきたが、実際の社名は"ナショナル"のままだった。社名が正式にDCコミックスとなったのは、1976年のことである。

『黒の船』:作品用に創造された架空のコミックス。1960年5月創刊で31号続いたということは、1962年11月まで発売されたことになる。ただし、当時は隔月刊のコミックスも多かったので、その場合は64年6月までの発売となる。ちなみに、実際に1960年5月に創刊されたDCのタイトルは『グリーンランタン』。

再販:DCは『テイルズ〜』の初期30号を再販しているということなので、バーニィが呼んでいる『テイルズ〜』も、そのリプリント版だと思われる(3話で読んでいたのが23号で、5話から11話にかけて読んでいたのが24号)。
ちなみに、創業当初、発行部数が少なかったマーヴルコミックスは、後に、新規のファンに向けて盛んにリプリントを行ったが、DCは、30号とまとまった形でのリプリントはほとんど経験がない。

『パイレシー』:ECコミックスが発売していた実在の海賊ものコミックス。1954年10月から55年10月にかけて7冊が発売された。
「パイレシー」 #1の表紙


『バッカニア』:同じく実在の海賊ものコミックス。作品中ではECコミックス発売となっているが、実際にはクオリティコミックスから発売された。1950年1月から51年5月にかけて8冊を刊行。
「バッカニア」#23の表紙


ジョー・オーランドー:(1927〜1998) 実在のコミックアーティスト。50年代から、ECコミックスを中心にホラーものなど様々な分野で活躍し、68年からはDCコミックスの編集者となり、後に副社長にまで昇格した。92年からはギャグ雑誌『MAD』の共同発行人も務めた。なお、ムーアが『テイルズ〜』の初代アーティストとしてオーランドーを取り上げたのは、もし実際にこうした海賊ものコミックスが発売されていたら、編集長のシュワルツは間違いなくオーランドーを起用していただろうと考えたためである。

ジュリアス・シュワルツ:(1915〜2004) 実在のコミック編集者。1944年から86年の引退まで、スーパーマン、バットマンなど、DCコミックスの主だったタイトルの編集長として辣腕を振るった。古参のSFファンとしても有名で、レイ・ブラッドベリとは特に親交が深かった。

引き抜いた:オーランドーは1968年にDCに入社するまでフリーランスを通しており(DCでの初仕事は66年)、全くの創作である。

マックス・シェア:性格や振る舞いから判断して、ムーアは自らをシェアのモデルにしていると思われるが、シェア同様、やがて(一時期)コミックスの表舞台から消えることになる。

三文オペラ:ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトと作曲家カート・ヴァイルの手になる戯曲。18世紀の古典 『乞食オペラ』の翻案で、社会の偽善を鋭く風刺した。1928年初演。

<P172>
挿絵は、ジョー・オーランドー本人が、1960年代当時の雰囲気で描いたもの。

挿絵の英文の訳:
この召使いも疲れ切ったで、鍋に落として皮を剥げ。皮から太鼓を作りだし、撃ち鳴らす間に大砲を撃て。大砲から生首撃ちだして、海をラム酒で燃やし尽くせ

俺が歩くは曲がった板子。天まで臭う塩漬け地獄。おめえらの世界とて変わりはせぬ。悪徳坊主はおしろい塗って、納骨堂までしゃなりと歩き、富み栄えるのは女と睦む卑劣な悪党どもばかり
(訳:海法紀光)

エドワード・ティーチ:1716年から18年にかけてカリブ海を荒らし回ったイギリス出身の海賊。豊かな黒髭がトレードマークで、その姿は海賊の一般的なイメージとなった。最後はイギリス軍との戦いに敗れ、首をはねられたという。

<P173>
背景に置かれたDCのロゴマークは、1949年から70年にかけて使用されたもの。
DCの初代ロゴ


ウォルト・ファインバーグ:架空のコミックアーティスト。オーランドーの後を継ぎ、『テイルズ〜』の10号から最終号までの作画を手掛けたとされる。ファインバーグの作とされている絵は、もちろんギボンズが描いているが、ファインバーグの経歴はギボンズのそれと共通点があるようには思えない。

西部劇:アメリカの時代劇とも言うべき西部劇には、小説であれ映画であれ、常に子供向けの作品が存在していたが、コミックスでも一つのジャンルとして高い人気を誇った。そのピークは1948年から58年であるとされ、ほとんどの出版社が西部劇を発売していた。
この時期はTVでも子供向け西部劇が人気を博しており、それらの主人公を主役にしたタイアップコミックが数多く発売され、中には、大御所中の大御所であるジョン・ウェインが主人公のシリーズまであった。

ギル・ケイン:(1926〜2000) 実在のコミックアーティスト。40年代から亡くなる直前まで、およそ考えうる出版社、キャラクター、ジャンルの全てを手掛けたベテランアーティスト。確かなデッサン力に裏打ちされた独特のデフォルメセンスは、数多くのアーティストの手本となった。

アレックス・トス:(1928〜2006) 同じく実在のコミックアーティスト。高校卒業後の47年からDCで仕事を始め、60年代からはTVアニメに進出し、ハンナ・バーベラを中心に多くの番組のキャラクターデザインを務めた。ぎりぎりまで簡略化されながらも雄弁な描線が持ち味。

<P174>
居場所は不明:この『宝島』というコミック研究書が1984年に発売されたということは、シェアは84年か83年にヴェイトに雇われたことになる。

オーバーストリート・プライスガイド:実在のコミックプライスガイド。ボブ・オーバーストリートが編集長を務め、1970年の創刊以来、毎年、改訂版が発行され続けている。19世紀末のコミックス創世記から現在までにアメリカで発売されたほとんどのコミックスを網羅しており、コミックスカタログとしての意味合いも大きい。

千ドル:1984年の時点で千ドルのプレミアがついているとは、スパイダーマンの初登場号である『アメイジング・ファンタジー』#15が、1982年の時点で同じ千ドルだったことを考えると、『黒の船』はかなりの人気タイトルと言えよう(ちなみに、2009年現在の『アメイジング〜』#15の相場は、コンディションにもよるが、約5万ドル)。